皆さんボランティア活動をしてみませんか≪私のボランティア活動≫
私は会社をリタイヤーしてから、「大和日本語教室」と「日本語教室かけはし」とで 13年間日本語のボランティア活動をしてきました。80歳を過ぎ体力と気力の衰えを感じたので、次世代へのバトンタッチを期し、この3月でボランティア活動を卒業しました。
「大和日本語教室」では、外国籍の子供たちの学習支援をするクラスを担当し、「日本語教室かけはし」では、日本で生活している外国籍の大人の日本語学習のお手伝いと日本文化を伝える事をしてきました。多くの外国の子供たちや大人たちに接し、多くの事を学び多くの思い出を貰いました。
私がこのボランティアを始めたきっかけは、NPO 法人かながわ難民定住援助協会と大和市国際化協会が各々主催する「日本語ボランティア養成講座」が有ることを知ったことです。
サラリーマン時代は、主に開発途上国でのプラント建設にエンジニアとして従事していました。仕事上の付き合いが主ですが、顧客の立場、コントラクターの立場それぞれありますが、人と人の繋がりは言葉でのコミュニケーションは勿論ですが、お互いが信頼できる心と心のつながりが大事だったと思っています。仕事上では喧々諤々となる事も多く有りますが、いったん納得すればプロジェクトの完遂に向けてお互いが最大限の努力を惜しまないという事が民族や宗教を超えての了解事項です。開発途上国での仕事では、近隣諸国から多くの労働者が働きに来ていますし
14、5 歳の子供もいます。彼らも規則にのっとり一所懸命働きます。工事をスムースに進めるために、配管工や溶接工のスキルを向上させるために技能訓練学校を開設することも有ります。順番に午前中仕事を休ませて座学を含め実地教習を行い技能に応じ資格証交付します。余談ですが、高度経済成長時代には中近東での石油製油所建設工事で、わが社の資格証をもって行けば他の現場で高い賃金で雇ってもらえるというようなことで労働者引き留めに苦労したこともありました。また余剰資材で、学校に水道を引いたり、鉄棒等の遊具を設置しそれが使えるようになった時の子供たちの喜ぶ笑顔は忘れられません。
このような経験を踏まえて、退職後はボランティアとして、外国の人々に何かサラリーマン時代のお返しをしたいと思っていましたので、早速受講し終了後上述のボランティア団体に登録をして活動を始めた次第です。
日本語教室での思い出は、一杯あります。日本語教室で子供の書いた絵を展覧会に出展するという事でこれは絶対何かの賞をもらうと思っていましたが残念ながら何の賞ももらえませんでした。展覧会を、子供と一緒に見に行きましたが皆すごい絵ばかりでした。本人も納得、また頑張ろうねと帰ってきました。高校入試の受験生も何人かいましたが、悲喜こもごもでした。バイクの免許を取るための支援もしましたが、多分今の若者も理解できない用語がいっぱい出てきます。ともあれ過去問を多く覚えるしか無いという事で、本当の日本語の勉強からはかけ離れていたかもしれません。また、子供の日本語の理解の速さには驚かされました。子供の学ぶ事への柔軟性と吸収力の大きさ、新しいことへの興味の強さ等々がなせる事なのでしょうか。2月ごろ日本に来て全く日本語の読み書き、会話が出来なかった子が4月に中学に入りサッカー部で皆と交わるようになると、悪い言葉を覚えるのも早いですが
3~4 か月で日常会話は何とかなるようになりました。 それに比べ、特に中高年の大人の日本語の上達はなかなか難しいものが有ります。ひらがな、カタカナがなかなか覚えられない人も多いです。また非漢字圏の学習者には、漢字を覚えるのは大変なことです。勿論、大人にも学習意欲に燃えている人もいます。アメリカに帰った後も、日本語を学びたいという事で今も月
2 回 ZOOM でレッスンしていますが半分は自由会話です。メールで送ってくる文章は素晴らしいです。英語で書いた文を翻訳アプリを使って翻訳しているようです。私の妻とも
LINE で交流しています。
ともあれ、このように楽しいボランティア活動で学ぶことも多いです。日本語や日本文化を学びたい外国人はたくさんいます。また、日本で生活し仕事をしてゆくためには日本語を話せることが必須の人が大和には多くいると思います。でも、教え手が高齢化し不足しています。是非、一度教室を覗いてみてください。空き時間を有意義に使ってみませんか。お待ちしています。
グリーンハウスさん